ローンが残る一棟アパート・ マンション売却前に銀行へ何を確認するか
売れる金額が見えたら
「6000万円なら買いたいという方がいます」。仲介担当者からそう聞いて、返済予定表を開く。ローンはあと4600万円。差額の1400万円があれば、次の物件の頭金になる。少し気持ちが前へ動く。
説明のための架空の場面ですが、売却を考える所有者にとって、この暗算は自然なものです。毎月の家賃と返済を見てきた人ほど、残債は身近な数字でしょう。ただ、ここで一度、計算を止めたいのです。その4600万円は、いつの残高でしょうか。そして、銀行へ実際に返す金額は確認できているでしょうか。

ローンが残る一棟物件の売却では、買主の融資に目が向きがちです。ところが、売主側にも、返済と担保の解除という仕事が残っています。良い買付を受けても、決済日に必要な資金と書類が揃わなければ、引渡しの予定は組めません。今回は、売主が自分の銀行と何を話しておくかを考えます。
一棟アパート・マンションを、原則として抵当権等を抹消して引き渡す売買を想定しています。本文の確認順序は実務上の提案です。返済条件や担保解除の可否は、借入契約と担保関係ごとに確認します。
この記事の目次
01 / THE REPAYMENT AMOUNT
返済予定表の残高で
話を終わらせない
まず、ローンをすべて返し終えるまで売り出せない、というわけではありません。売却代金を返済に充て、所有権の移転と抵当権の抹消に必要な手続を決済時に合わせる方法があります。ただし、不動産を売っただけで借入れが買主へ移ったり、担保の登記が自動で消えたりするわけではありません。売買と借入れは、別々に整理する必要があります。
最初に銀行へ尋ねたいのは、「残高はいくらですか」よりも、「この日に全額返済するなら、いくら必要ですか」です。予定表にある元金だけでなく、返済日までの利息、繰上返済手数料など、契約上必要になる金額を含めて見ます。決済候補日が変われば、再計算が必要になることもあります。
繰上返済の費用は、借入先だけでなく、商品、契約時期、金利の種類などによって扱いが異なります。例えば滋賀銀行の融資関係手数料には、長期融資の繰上返済について変動金利と固定金利の区分があり、不動産担保の変更にも別の項目があります。[1]ここで覚えるべきなのは他行の料金ではなく、「返済」と「担保の手続」で、費用の項目が分かれることがあるという点です。
銀行のウェブサイトに載る現在の新規借入条件を見て、自分の契約も同じだと決めないようにします。契約書や返済予定表を手元に置き、契約番号を伝えて、実際に適用される条件を照会する。売出し前は概算、決済日が近づいたら確定額、という順序でよいのです。
抵当権の債権額は、毎月の返済に合わせて残高表示が更新されるものではありません。根抵当権の「極度額」も、現在の借入額を示す数字ではなく、担保される範囲の上限です。登記は担保関係を、銀行の資料は現在の債務を確認するために使います。[3]
02 / CASH AFTER THE SALE
1400万円の差額に
まだ入っていないもの
冒頭の計算に戻りましょう。6000万円で売れ、元金残高が4600万円なら、その差は1400万円です。しかし、銀行への返済に付随する費用も、仲介手数料も、登記の費用も、この暗算には入っていません。一棟物件なら、買主へ引き継ぐ敷金の精算にも目を向ける必要があります。
まだ手残りではない
すべて説明用の仮定です。実例・費用相場・銀行の料金を示すものではありません。
この差額から精算を加えると
- 利息と繰上返済費用
- − 50万円
- 仲介・登記等の売却費用
- − 220万円
- 敷金引継ぎの精算
- − 120万円
敷金120万円を売主の受取額から差し引く契約を仮定。賃料・固定資産税等のその他の精算は差引ゼロとしています。実際の費用・精算方法は契約ごとに異なり、納税用の資金は別に見積もります。
仮に図の条件なら、税金を考える前の手残りは1010万円になります。最初に思い描いた1400万円とは390万円違う。次の物件の頭金や修繕費を先に約束してしまうと、この差がそのまま資金繰りの窮屈さになります。
敷金は、保有中には口座にあるお金として見えますが、売却時の扱いは賃貸借契約と売買の精算条件を照合しなければなりません。図では受取額から差し引く前提にしましたが、すべての取引が同じ方法になるわけではありません。管理会社が預かっている場合も含め、誰が保管し、いくらを、どの方法で引き継ぐのかを確かめます。
総額が足りても当日の口座は別に見る
もう一つ、手残りの試算と分けたいのが、決済当日の入出金です。売買代金の一部を手付金として先に受け取っていれば、決済日に振り込まれるのは残代金です。6000万円のうち300万円を受領済みなら、当日の残代金は5700万円。6000万円がもう一度入るわけではありません。
図の仮定では、この手付金を使っても当日の返済等に不足は出ません。しかし、売値と残債がもっと近く、残代金だけでは返済と諸費用を賄えない取引なら、受領済みの手付金も残しておく必要があります。売却全体の収支が黒字であることと、当日の口座に必要額があることは別なのです。仲介担当者と、受領済みの金額、当日の入金、銀行への送金、諸費用の支払いを日付順に並べておくと、こうした行き違いを見つけやすくなります。
そして、図の1010万円をそのまま自由に使えるお金と考えないこと。売却に伴う税金は、ローン返済後の手残りとは違う計算で決まります。個人の譲渡所得は、収入金額から取得費と譲渡費用を引いて計算します。借入元金の返済額を、そのまま差し引けるわけではありません。[5]納税時期を含めた資金の残し方は、売却の税金はいつ払うのかで詳しく扱っています。
03 / MORE THAN ONE PROPERTY
一棟だけ売るつもりでも
担保は一棟とは限らない
複数の物件を持つ所有者には、もう一段、確認したいことがあります。今回売るアパートと、手元に残すマンションが、同じ借入れの担保になっていないかという点です。取得時の資金調達や借換えの過程で、別の物件を追加担保に入れたままになっている場合があります。
例えば二棟を担保に8000万円を借りているとして、一棟を売るから4000万円返せばよい、と自分で半分に分けることはできません。これは説明用の数字ですが、物件ごとの帳簿上の配分と、銀行が担保を外す条件は同じではないからです。
民法は、担保権の不可分性に関する規定を抵当権にも準用しています。[3]一部を返したら、その割合だけ特定の物件から当然に抵当権が外れる、という仕組みではありません。一棟だけを売るなら、売却物件の担保を外すために必要な返済額と、残す借入れの条件を銀行と確認します。その額が、所有者の想定した配分を上回ることもあり得ます。
ここを売買契約の後に持ち込むと、価格は合意できたのに、手元に残る資金が予定と違うという話になりかねません。次の取得資金に充てるつもりだった売却代金を、既存の別の借入れの返済に回す必要がないか。単体の売却収支だけでなく、残す物件の経営まで見て判断したいところです。
建物の登記だけで安心しない
確認する資料は、売却する建物だけでは足りません。土地、別筆の敷地、私道持分など、売買対象となる不動産の登記を揃え、共同担保目録も確認します。借入先が複数あれば、順位の異なる担保権も含め、誰からどの解除書類を受け取るのかを司法書士に整理してもらいます。
根抵当権が付いている場合は、特定の一本のローンを返す話だけで完結するか、さらに注意が必要です。根抵当権は、一定の範囲に属する不特定の債権を極度額の範囲で担保する仕組みです。[3]今回の返済対象以外に担保される債務がないか、解除の合意がどこまで及ぶかを、銀行と司法書士の双方へ確かめます。
04 / BEFORE PROMISING A DATE
買主が急いでいても
銀行の時計は別に進む
「来月のこの日までに引き渡してもらえれば、購入したい」。そんな買付が来れば、売主としては応じたくなるものです。ただ、買主の融資が間に合うことと、売主の返済・担保解除が間に合うことは、別々に確かめなければなりません。
全額繰上返済には、申出や所定書類の提出の期限が設けられていることがあります。スルガ銀行の案内でも、契約内容によって必要な期間が異なるため、早めの手続を求めています。[2]「銀行へ電話すれば数日でできるだろう」と日程を約束せず、自分の契約の期限を確認します。
銀行の手続を並べて進める
確認時期の目安を示した編集上の提案です。申込期限や必要日数は金融機関・契約によって異なります。
- 01売出し前
希望価格と時期を整理
返済概算と担保範囲を確認
- 02契約前
売買条件と決済候補日を調整
解除条件と実行可能日を確認
- 03決済前
残代金と精算の送金を準備
返済確定額と抹消書類を照合
特に確認したいのは、返済の申込みができる日と、抹消登記に必要な書類を受け取れる日です。これらを同じこととして扱わないようにします。売却に伴う決済だと伝え、返済確認から書類交付までの手順、交付場所、代理受領の可否、必要書類を事前に詰めます。
決済では、買主側の送金、売主側の返済、銀行による入金確認、司法書士による書類確認と登記申請がつながります。抹消の登記がその場で完了するという意味ではありません。双方の金融機関と司法書士が、当日の送金と書類の受渡しを実行できる段取りにしておくことが大切です。
早めに相談することと、正式に返済を申し込むことも分けて考えます。売却がまだ決まっていない段階なら、その旨を伝えて概算と必要期間を聞く。正式な申込みの時点では、売買の進み具合を踏まえ、日付の変更や取消しの扱いも確認する。買主の融資承認や契約条件が固まる前に、変更できない手続を先走って進めないためです。
借入先が複数ある場合は、一行だけ準備が整っても足りません。各行の条件と日程を一覧にし、最後に揃う書類まで見込んで決済候補日を調整します。買付の比較については、価格以外に何を確認するかも合わせて読むと、売主側と買主側の両方から日程を考えられます。
05 / WHEN THE NUMBERS DO NOT FIT
足りないと分かったら
価格の約束を急がない
査定額が残債を下回った。それだけで直ちに売却不能と決まるわけではありません。不足分と諸費用を自己資金で補えるなら、通常の返済と担保解除を組み立てられる可能性があります。ただし、生活資金や残す物件の修繕資金まで取り崩してよいかは、別の判断です。
自己資金でも補えない場合は、「売れたお金を全額入れれば銀行も納得するだろう」と考えて売買契約を先に結ばないことです。完済できない状態で担保を外すには、関係する担保権者等との調整が必要になります。売却代金の配分、控除できる費用、売却後に残る債務の返済についても協議が必要です。
住宅金融支援機構の任意売却の案内でも、確認していない価格で買主を見つけても抵当権抹消に応じられない場合があるとされ、売買契約の前に抹消に応じるかの審査が置かれています。[4]これは同機構の手続の例であり、一棟向け融資すべてに同じ制度が適用されるという意味ではありません。ただ、買主がいることと、債権者が担保を外せることは別だと分かります。
任意売却をしても、残った債務が自動で免除されるわけではありません。返済の継続が厳しいなら、借入先へ事情を伝え、必要に応じて弁護士などにも相談しながら進めます。記事の数字だけで不足額を埋める借入れを決めたり、解除の見通しがないまま決済日を約束したりしないことが大切です。
06 / THE FIRST CONVERSATION
銀行への電話は
売却を決める前でもよい
銀行へ相談すると、もう売ることを決めたと思われるのではないか。借入れの相談を重ねてきた担当者ほど、切り出しにくいと感じる所有者もいるでしょう。けれど、判断に必要な数字が分からないまま売値だけを検討しても、結論は出せません。
最初の電話では、「売却を検討中で、まだ契約していません。おおむねこの時期に売る場合の全額返済額と、担保を外す手続を確認したい」と伝えれば、相談の段階が明確になります。候補日、借入契約、物件の所在地が分かる資料を用意しておくと、どの契約についての話かを揃えやすくなります。
- いくら返すか
- 候補日時点の元金・利息・手数料
概算と確定額の区別 - 何を外せるか
- 売却する土地・建物の担保
他の借入れと残す物件への条件 - いつ何が揃うか
- 正式申込の期限と変更の扱い
抹消書類の受取日・場所・担当者
確認日と回答者を添え、未回答の事項も残す。「相談できる」と「この条件で実行できる」を区別する。
回答が出たら、仲介担当者の売却費用の試算、司法書士の登記・書類確認と重ねます。銀行から聞いた返済額だけでも、不動産会社から聞いた売れそうな価格だけでも、売却の全体像にはなりません。
冒頭の1400万円が、最後にいくら残るのか。どの日なら、無理なく引き渡せるのか。その二つが見えてくれば、買付を受けるか、価格を交渉するか、今回は保有を続けるかを、自分の事情に引き寄せて考えられます。銀行への一本の電話は、売却を急ぐためではなく、納得して決めるための準備です。
BEFORE YOU DECIDE
売れそうな価格と
返済後の計画をつなげる
物件の売却価格や諸費用を整理し、保有を続ける場合と比較できます。借入先から確認した返済条件も踏まえて、売却の進め方をご相談ください。銀行の担保解除の判断を代行・保証するものではありません。
無料で売却査定を相談する参考資料と記事の位置づけ
2026年10月27日確認。法制度、各金融機関の案内、編集上の実務提案を分けて記載しています。金額例はすべて仮定です。個別の返済額・申込期限・担保解除条件は実際の借入先へ確認してください。
- 滋賀銀行 融資関係手数料
長期融資繰上返済、不動産担保変更等の区分を参照。他行や過去の契約へ料金を当てはめるものではありません。 - スルガ銀行 全額繰上返済の手続について
契約によって必要な期間が異なること、所定の書面提出と事前連絡が必要となる案内を参照。本文では一律の必要日数を設けていません。 - e-Gov法令検索 民法
296条・372条の担保権の不可分性、369条の抵当権、398条の2・398条の3の根抵当権の規定を参照。条文はe-Gov法令APIでも照合。特定物件の担保解除条件は、これらだけで決まるものではありません。 - 住宅金融支援機構 融資住宅等の任意売却
2026年4月1日更新。売出価格の確認、抵当権抹消応諾の審査と売買契約の順序、残債務の圧縮に関する説明を参照。同機構の手続を他の金融機関へ一律に適用していません。 - 国税庁 No.3202 譲渡所得の計算のしかた
個人が土地・建物を売った場合の収入金額・取得費・譲渡費用の関係を参照。法人の税額計算を扱う資料ではありません。